賢者の選択 リーダーズ倶楽部事務局
受付時間 平日9:30~18:00
スペシャル講演①は、公認会計士 田中靖浩氏にご講演頂きました。中世イタリアから始まり、オランダ、イギリスを経てアメリカで完成した会計・経営の500年史。それを会計書として異例のベストセラーとなった「会計の世界史」(日経BP)をもとに、数枚の絵画、各時代の音楽の変遷を併せてお話しいただきました。
スペシャル講演②は、大阪大学大学院医学系研究科 心臓血管外科 教授 澤芳樹 氏にご登壇頂きました。世界最速で超高齢人口激減社会に到達した我が国においては、寿命が尽きるまで健康な社会、健康寿命の延伸が必須であり、その解決策として医療の進化、中でも再生医療への期待が大きい。2000年より細胞シートによる心筋再生治療の開発に取り組み、本年1月、iPS細胞シートによる心筋再生治療の臨床研究の世界初の第一例目となりました。再生医療の現状と未来について動画も交えて詳しくお話し頂きました。
講演内容
現在、世界中がコロナに見舞われて大変な時期ですが、歴史的に見るとこのような事態は過去に何度も起こり、そのたびに大混乱に陥り、そして何か新しい芽が出てきては復活するということを繰り返しています。病の克服はもちろんのこと、多くの犠牲のもと、先人たちの魂を引き継いだ新しい流れが生まれ、復活を繰り返す人類の歴史に学ぶべきものは多いのではないでしょうか。
700年前にヨーロッパをペストが襲い、その後ルネッサンスが起こりました。それは偶然なのでしょうか?ペストが起こったことで人口激減し、一種のリセットが起こります。まずは経済的リセットによって多くの既存の銀行や大商人が潰れていきます。従来のやり方に頼った商売が成り立たなくなり、新しいスタイルの商売が生まれます。その代表がイタリアのメディチです。
そのメディチ家が教会と手を組み、若き芸術家を支援するパトロンとなります。ペストの100年後にルネッサンスが勃興、多くの天才芸術家を輩出しました。イタリアの経済が再興し、ヨーロッパ全土に伝播していきます。フランスでは画家ミレーの時代にパリでコレラが流行しました。ミレーはコレラから逃れるように田舎に移住し、そこで数々の農民画を描きました。
会計の始まりは500年前のイタリアからと言われています。銀行はイタリア語でバンコと言い、銀行と簿記が同時期にイタリアで生まれました。14世紀、世界的にはインドや中国などオリエントな東の国々が栄えており、ヨーロッパの中では東方貿易の窓口としてイタリアが最も栄えていました。そして、香辛料や絹織物に混じってペストに感染した船員が上陸、看病した港の人たちに感染し、瞬く間にヨーロッパ全土に感染が広がっていったのです。
感染が広がる中、ペストで大勢が亡くなり、教会に対する不信感や不安などが噴出し、教会の権威は失墜していきます。そこで、教会は権威回復に努め、大聖堂や銅像や絵画などの建築や建造のため、新興勢力のメディチなどと手を組み、若き芸術家たちに投資していきます。
レオナルド・ダ・ビンチの師匠であるヴェロッキオの「トビアスと天使」という絵画には、父親の商売の売掛金を回収する旅に出る少年トビアスと盗賊から身を守る天使の「祈り」が込められています。現実には、現金を持ち歩く危険を回避するため、バンコ(銀行)が為替手形を開発しますが、今で言うキャッシュレス化のはしりです。そして支店が多くなり、統合管理するために「簿記」が生まれました。メディチ家がグループ経営の元祖と言われるのはその所以です。
中世後期に現れた簿記と銀行(ビジネス)、楽譜(音楽)、海図(航海)、遠近法(絵画)、機械時計(生活)という新モデル、これら全てが同時期にイタリアで起こったことは必然です。インドアラビア数字と紙・書籍の登場で、数量化革命と情報革命と組織革命によってヨーロッパ全体が先進国となっていく大変革の契機となりました。
一方、ヨーロッパ北部の貧しい地域からプロテスタントが台頭していきます。オランダの画家ブリューゲルの描いた「ベツレヘムの人口調査」には、飢饉の中、居酒屋に人が集まり、ハプスブルク家によって税金の徴収が行われている様子が描かれています。
生活困窮の上に重税で人々の不平不満が爆発したのが独立戦争です。80年戦争と呼ばれる壮絶な独立戦争に見て取れるプロテスタントの質素倹約や自立志向のルーツはここにあると思われます。教会を否定し、誰でも聖書を読めば神様と繋がると考える、いわゆる自主性や自立心は現在のビジネスマインドに通じているのではないでしょうか。
プロテスタントが勃興した後、18世紀半ばから19世紀にかけてイギリスで産業革命が起こります。イギリスの画家ターナーの「雨・蒸気・スピード – グレート・ウェスタン鉄道」には、船と機関車という新旧の対比、そして人の比喩として描かれたであろうウサギには時間に追われる生活の始まりが表現されています。
新しいテクノロジーとして登場した蒸気機関車を歓迎する世の中に対して、時間や空間に対する価値観が変容し、人間が時間に追われる存在になると予見したものだと思われます。機関車は組織や文化に新しい価値観をもたらし、減価償却という考え方も生まれ、利益という儲けに対する新しい捉え方もでてきました。
フランスの画家エデュワール・マネの「フォリー・ベルジェールのバー」に描かれている瓶(バス・ペールエール)は、イギリスのバス・ブリュワリーというビール会社のマークが入っており、この時代にイギリスにはすでに商標登録があったことを示しています。イギリスにおける権利保護と実用化のビジネスモデルの存在を見て取れます。ドイツのビジネスが職人的な技術発明に傾倒していくのに対し、イギリスではその実用化の方向へ集中していったのです。
20世紀、イギリス産業革命で得た資金がヨーロッパを経てアメリカに渡り、アメリカで会計が発展していきます。イギリスで始まった鉄道がアメリカにおいて大陸横断鉄道として大成功し、町がたくさん生まれ、そこに住む人々の生活必需品の大量生産が始まりました。そこで分業や標準化や機械化が進み、丈夫で安価で身近なものの大量生産・大量消費経済へと発展していきます。
一方、重税に苦しむフランス市民が起こしたフランス革命以降、資金面で困窮し、代替として土地の売却が行われ、小規模農家が多数登場しました。そこでは、大工場よりも小規模でこだわりの製造業が発展し、ルイ・ヴィトンやエルメスなどの高品質な高級志向のブランドが生まれます。
このように、産業革命に乗り遅れた国から独自の個性的な技術にこだわったカトリック系の経済モデルと、産業革命に成功した国から均質化された大量生産型のプロテスタント系の経済モデルに分かれていきました。
今こそ、我々はこれからどこへ向かうべきか、その選択を迫られているような気がしてなりません。無意識に英米に追随してきた日本は今一度立ち止まり、歴史を振り返り、歴史に学ぶ時ではないでしょうか。歴史に学ぶ意義とは、今まで見えていなかったものが見えてくることなのです。
◆田中 靖浩氏 プロフィール
田中公認会計士事務所 所長。
1963年生まれ。三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティング会社勤務などを経て独立開業。ビジネススクール、企業研修、カルチャースクールなどで「笑いが起こる」講師として活躍する一方、落語家・講談師とのコラボイベントを展開するなど、幅広くポップに活躍中。主な著書に「会計の世界史」「良い値決め 悪い値決め」「良い値決め 悪い値決め」(以上、日経BP社)、翻訳絵本に「おかねをかせぐ!」「おかねをつかう!」(岩崎書店)などがある。
1980年大阪大学医学部第一外科に入局、2006年に大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科主任教授に就任し、90年以上の歴史を持つ科を引き継がせていただきました。さらに、より低侵襲の心臓手術や重症心不全治療を中心に徹底的に研究しようと、「10年先ゆく心臓血管外科」を掲げ、やってまいりました。
特に08年にはハイブリッド手術(手術台とX線撮影装置を組み合わせた手術)、加えてカテーテルや透視装置を使ったデバイスを挿入する新しい心臓手術に取り組んできました。さらにはロボット手術も進化しています。医師がサージョンコンソールに座り、ロボットアームを操作する手術法も、複数箇所、身体に穴を開けて行っていたものから、今は一つの穴から4本のアームで行うような低侵襲の手術法に進化してきています。
私が教授に就任した当初、阪大心臓血管外科の年間手術件数は363件だったものが合理化や低侵襲化、あるいは士気の向上などに取り組んだ結果として2018年には1246件の手術が行えるようになってきました。もちろん件数だけの評価ではなく、術後30日以内に死亡する率も06年当時は4.3%だったものが18年には0.5%にまで下がってきております。この成績は世界でも稀ではないかと思います。
なにより、このことでより多くの経験を積むことができるという人材育成のメリットは外科医にとっては非常に大きく重たいものです。このように心臓手術の低侵襲化は10年先を見据えた我々の取り組みがようやく多くの病院で実を結ぶ形となっているかと思います。
一方で、重症心不全治療は我々にとってファイナル・フロンティアと呼ぶに相応しい状況です。人口が減少しているにも関わらず、心不全患者の数は130万人に達し、2035年頃には140万人を超えると言われています。これは団塊ジュニア世代がちょうど高齢者になる年であり、その時「心不全パンデミック」に陥るのではないかと言われています。
例えば、現在大流行している新型コロナウィルスも2~3年後にはコントロール可能になってくると思います。分かりやすく例えるなら、国民が毎年インフルエンザワクチンを摂取し対応していくと同じような状況になるには、仮に3年はかかるとしてもおよそコントロールできるのではないかと考えます。ところが「心不全パンデミック」は収まりません。世界でも心不全が死亡原因として一番多く、アメリカでは毎年300万人が心不全を患い、そのうち61万人が亡くなっています。日本でも心筋梗塞や心不全などの疾患による入院者数は増加傾向にあり、循環器系疾患による死亡者数は18年には35万人を超え、中でも心不全が死亡原因となる割合が高くなってきております。
我々としても長年取り組んできた心臓移植手術や補助人工心臓植込み手術など、成功率は上がってきています。ただ、阪大では心臓移植を必要とする方が年間約1000人として、心臓移植する方が5~60人、人工心臓を装着する方が2~300人で、移植待機期間は5年と、世界でも異例の数字となっています。これをなんとかすべく、再生医療の取り組みも20年前から始めています。
2003年に細胞シート工学技術による心筋組織化を発表し、細胞を壊さず組織的に移植を可能にする細胞シートの開発研究を行っています。2007年には重症心不全に対して、足の筋肉の細胞を心臓に移植する(自己骨格筋芽細胞シート移植法)臨床試験を行いました。ただ、患者全員に適用できないことも分かっており、さらに研究を重ねていきます。国が再生医療を推進し、薬事法を改正し、2015年に薬事承認可能になり、翌年保険償還されるようになり、保険診療が開始されました。
一方、京都大学の山中伸弥先生がiPS細胞で2012年にノーベル賞を受賞され、翌年、脊髄損傷(慶応大学)、心筋再生(大阪大学)、パーキンソン病(京都大学)、網膜再生(神戸理研)の4領域で世界を5年リードするiPS細胞の臨床応用が始まります(再生医療拠点事業)。このように国が支援する事業で世界の5年先をゆく事業は他分野ではありません。もちろん、我々は10年間で実用化するという極めてハードルの高い目標を定め取り組んでおります。2018年にはiPS細胞由来心筋細胞による心筋シートの技術を開発し、G20に出品したところでもあります。今年の1月にはファースト・イン・ヒューマン(世界で初めて人に投与される)が行われ、9月に2例目、この11月に3例目を行いました。
これまで投薬によって抑える段階から、薬が効かなくなり、いよいよ心臓移植か人工心臓手術かのステージに移行していた心不全治療が、その2つのステージの間にiPS細胞による心筋シートの再生医療が行われることによって、「心不全パンデミック」を抑えるワクチンとなるべく、再生医療はこれからも進んでいくだろうと思いますし、我々の果たす役割も大きいと感じております。なんといっても、心臓移植100例、肺移植60例、人工心臓400例、再生医療60例と、これまで行ってきた大阪大学心臓血管外科重症心不全患者の皆さんが集い、その元気な姿を拝見すると、これこそがまさに医療の原点だと改めて強く思うところです。
◆澤 芳樹 プロフィール
1980年大阪大学医学部卒業、第一外科入局。1989年~1991年ドイツMax-Planck研究所
心臓生理学部門,心臓外科部門に留学。帰国後大阪大学医学部第一外科講師、助教授,2006年~大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科主任教授,現在に至る。
大阪大学医学部附属病院未来医療センター長,大阪大学臨床医工学融合研究教育センター長,附属病院副病院長,未来医療開発部長,ハートセンター長,国際医療センター長,医学系研究科研究科長・医学部長なども歴任。
日本再生医療学会 理事長,日本胸部外科学会 理事長、国際臨床医学会 代表理事,日本外科学会 理事,日本循環器学会 理事,日本心臓血管外科学会 評議員なども兼任中。