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賢者の選択 リーダーズ倶楽部事務局

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メンバーズコラム

グローバル世界の底流探る地政学の勧め
メディアオフィス時代刺激人 牧野 義司 氏

私はかねてから、ビジネスリーダーの人たちは、グローバルな世界で起きているさまざまな動きの底流を探ると同時に、今後の企業経営などにとって、何がリスクファクターとなるかを把握するため、日ごろから地政学に強い関心を持ち、できれば大きな情勢判断につながるきっかけとなる地政学的研究を積極的に行うべきだ、と思っている。

未遂クーデターでわかったトルコの戦略的重要性

そのいい例が2016年7月51日から16日にかけて起きたトルコでの軍事クーデターだ。ニュースを知ったとき、「えっ、政治的にも経済的にも安定していると思っていたトルコで、なぜ軍事クーデターなのか」と、私は耳を疑った。クーデター未遂に終わり、大事に至らなかったが、トルコが地政学的に要衝の国であるため、仮に軍事政権が誕生の場合、政権の政策次第でさまざまなバランスが崩れ大変な事態になりかねなかった。

そのトルコは、黒海を通じて北にロシア、ブルガリア、東に陸続きでアルメニア、イラン、南にイラク、シリア、地中海を通じてキプロス、西にギリシャと国境がつながる。東西文明の接点、欧州とアジアの架け橋と言われるのもそのためだ。しかしトルコは、ロシアを脅威と見てか、欧米諸国の対ロシア安全保障のかなめともいえる北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、国内の空軍基地を提供している。この基地が今、過激派組織イスラム国(IS)へのNATO軍の空爆前進基地になっているのだ。

トルコは国民の90%がイスラム教徒のイスラム教国で、現政権のエルドアン大統領はイスラム主義を全面に押し出す。半面、NATO加盟が象徴的なように、外交政策は親欧米路線。しかも経済的に欧州共同体(EU)志向が強く、1987年にEUへの加盟申請を行っている。ただ、EUは経済力あるトルコを評価する一方で、EU経済ルールがイスラム教義と合致するかの危惧、トルコ人移民の流入リスクへの警戒感などでいまだに加盟を認めていない。不思議な国だが、戦略的要衝であることは確かだ。軍部の一部勢力のクーデターがもし目的を果たしていたら、地政学的にさまざまな影響が出ていただろう。

国際政治経済のリスク分析が地政学の最大ポイント

地政学はもともと古くからある国際政治経済のリスク分析手法だ。政治的、経済的、かつ軍事的にさまざまな利害がからむ国々のファクターを地理的な視点で幅広く巨視的に関係分析し、グローバル世界にどういったリスクとなるか研究する学問だ、と言っていい。

今回、リーダーの人たちに地政学研究の勧めを提案するのも、実は、日ごろから、そういった視点を身につけ、物事を見る習慣化していると、間違いなく世界観が変わるし、企業経営リスク判断面でも間違いなくプラスになるといえるからだ。

私が長年、この分野の研究ですごいな、と評価するのがユーラシアグループ代表の米国人、イアン・ブレマー氏だ。最近、ブレマー氏が出版した著作「ジオエコノミクスの世紀」「スーパーパワー・Gゼロ時代のアメリカの選択」(いずれも日本経済出版社刊)は今、世界はどこに向かっているかを知るうえで参考になる。

イアン・ブレマー氏のリスク判断は、欧州の閉鎖性・脆弱性

今、多くのリーダーにとっての関心事は、たぶん先行き不透明なグローバル世界の今後をどう見ればいいか、という点だろう。ブレマー氏のユーラシアグループが示した2016年10大リスクは、①欧米間の同盟関係の空洞化 ②欧州の閉鎖性・脆弱性 ③アジアインフラ投資銀行(AIIB)設立などで影響力を強める中国 ④ISによるテロの脅威 ⑤サウジアラビア ⑥科学技術者の興隆 ⑦予測できない指導者たち ⑧ブラジル ⑨十分でない選挙 ⑩トルコを挙げた。冒頭にあげたトルコをリスク要因に入れていたのはさすがだ。

この予測は、2015年末に公表したものだが、これらで見る限りブレマー氏は、欧州政治を最大のリスクと捉えている。鋭い分析家のブレマー氏も、英国が国民投票でEU離脱を決めるとは予測できず、意外な投票結果に驚いていたが、その後の英国やEUの混乱などをみると、欧州の閉鎖性・脆弱性をリスクと見た判断は正しかったかもしれない。

しかし地政学的に見た場合、欧州にだけリスクが集中するわけではない。欧米諸国に限らず中国、ロシア、中東諸国でも政治指導者に対する国民の不満が根強く、経済的格差などへの不満も高まるばかり。国によっては労働力不足を補うために受け入れた移民労働力に職を奪われるばかりか、イスラム過激派を中心にテロリスクが広がっていることへのいら立ちも膨れ上がっている。それが極右派などの台頭を生み、政治的、社会的な不安材料ともなっている。これらはすべてがリスクだ。

これは、いずれ日本にも直接、間接に波及してくる。そういった意味でも、グローバル世界で起きている問題を地政学的に見ることは重ねて重要だ、と申し上げたい。

プロフィール

メディアオフィス時代刺激人 代表 経済ジャーナリスト(毎日新聞・ロイター通信OB) 牧野 義司氏

メディアオフィス時代刺激人 代表
経済ジャーナリスト(毎日新聞・ロイター通信OB)
牧野 義司(まきの・よしじ)氏

1968年早稲田大学大学院経済研究科卒業、毎日新聞社入社。経済記者を経て88年毎日新聞を退社。ロイター通信日本法人に転職。2001年ロイター通信日本語サービス編集長、03年フリーランスの経済ジャーナリスト。06年メディアオフィス時代刺激人を立ち上げ代表就任。現在は日本政策金融公庫とアジア開発銀行研究所のメディアコンサルティングにも従事。