賢者の選択 リーダーズ倶楽部事務局
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経済ジャーナリストは、仕事柄、インタビュー取材などを通じて、企業人はじめいろいろな人たちと会う機会が多い。その際、時代の先をしっかりと見据える洞察力や見識を持ち合わせる人、あるいはリーダーシップを持って人や組織を動かす力量を持つ人たちに出会って強烈な刺激を受けたり、モノの見方などに関するヒントを得ると、得した気分になるどころか、「よしっ、仕事などに生かしてみよう」と真剣に考える。まさにジャーナリスト冥利だ。
そのうちの1人で、今回、ぜひご紹介したいのが、伊藤忠商事元会長の瀬島隆三さん(故人)だ。ご存じの方も多いかもしれないが、元大本営参謀の軍人で、戦略家でもあるが、終戦後、シベリア抑留から帰国後、伊藤忠商事から請われて商社マンに転じ、繊維商社だった伊藤忠商事を総合商社に押し上げた辣腕の人だ。
山崎豊子の小説「不毛地帯」のモデルともなった。いろいろ評価の分かれる人だが、私が出会って、刺激を受けたのは、その「戦略的思考」だった。
ある時、瀬島さんと会っていて、「君は、ボクの情報源がどんなところにあると思うか」と唐突な質問があった。とまどった私は、大本営参謀時代から培った軍の関係、その後、伊藤忠商事が持つ総合商社の情報収集力の活用、あるいは瀬島さん自身の人脈ネットワークなどさまざまな情報ソースからのものではないかと推測する、と答えたら、意外にも「まったく違う。君のすぐそばにある。それは新聞の10行程度のベタ記事のファクト(事実)情報だ」というのだ。
そこからが瀬島さんの「戦略的思考」となる。瀬島さんによると、新聞情報は、ただ漫然と読んでいてはダメ。とくに新聞メディアが、さもスクープ記事だと1面トップで大々的に書いている話などは、瀬島さんがずっと以前に承知していたものが今頃ごろニュースになったという程度のものか、あるいはメディアのニュース・ジャッジメント(ニュース判断)が間違っているかもしれず、いずれにしても全く興味がない。ベタ記事こそ情報の宝庫だ、という。
瀬島さんによると、新聞のベタ記事は、見る人によっては価値のないミニ情報にしか見えないが、ファクト情報であることは間違いない。問題は、その情報に価値があるかどうかの判断軸を持つことが重要だ。その場合、日ごろから国際情勢がどういった展開をするか、端的には中東情勢、あるいは中国情勢などに関して、あらかじめ自分なりの情勢分析する際の座標軸、つまりタテ軸、ヨコ軸にそれぞれ情勢判断をする際のポイントの見方を持っておく。その座標軸をもとに、ある時、新聞のベタ記事で「おやっ、動きが出てきたな」と感じる動きが出てきたら、躊躇なくタテ軸、ヨコ軸を動かしながら座標軸そのものを修正し、その情勢変化に対応する戦略的行動判断などを決めていく、というのだ。
まさに目からウロコだった。私自身は、ジャーナリストとして好奇心の旺盛さ、フットワークのよさなどで何がニュースかなどのジャッジメントをしていたが、瀬島さん流にいえば、単に状況に流されて、あれが面白い、これはニュースだなどと勝手に思い込んでいるだけ。底流に流れる変化をつかみきれていない可能性が高い、というのだ。
瀬島さんの鋭い指摘を、私流に解釈した結果、ジャーナリストとして、大事なのは自分自身のニュースを見る目となる座標軸をどう持つか、それによって、底流を探れる。確かに、座標軸をしっかりと持っていれば、新聞のベタ記事もダイヤモンドに生まれ変わるかもしれない。
日本人は、往々にして「戦略」とか「戦略的」という言葉が好きで、すぐに飛びつくところがある。しかし瀬島さんに言わせれば、戦略的思考は間違いなく重要ながら、何が戦略的に重要かの判断基準、つまりは座標軸をしっかりと持つことだ。戦略、戦略と口に出して動き回っている人間ほど、肝心な時に戦略的な判断や行動がとれない。その意味でも座標軸をまず、しっかりと持つと同時に、その座法軸が間違っていないかどうかの判断をするため、冒頭の新聞のベタ記事はじめ、さまざまな情報に敏感になれ、というわけだ。
瀬島さんに会ったのは、30年以上も前のことだが、まだ若さにモノ言わせて動き回っていた私にとっては、その後のジャーナリストとしての取材活動にすごくヒントになった。みなさんは、私が申し上げたこの話、どう受け止められるだろうか。
メディアオフィス時代刺激人 代表
経済ジャーナリスト(毎日新聞・ロイター通信OB)
牧野 義司(まきの・よしじ)氏
1968年早稲田大学大学院経済研究科卒業、毎日新聞社入社。経済記者を経て88年毎日新聞を退社。ロイター通信日本法人に転職。2001年ロイター通信日本語サービス編集長、03年フリーランスの経済ジャーナリスト。06年メディアオフィス時代刺激人を立ち上げ代表就任。現在は日本政策金融公庫とアジア開発銀行研究所のメディアコンサルティングにも従事。