賢者の選択 リーダーズ倶楽部事務局
受付時間 平日9:30~18:00
私が長年勤務したソニーでは、かつて、「出る杭求む!」とか、「英語で啖呵の切れる人求む!」のようなキャッチコピーを求人広告で使っていました。創業者の一人である盛田昭夫さんは、「私は生意気な人が欲しい。ソニーというのは生意気な人の個性を殺さない会社です」と発言しています。ソニーと並ぶ戦後企業の代表格であるホンダでは「能ある鷹は爪を出せ!」と言っていたそうです。
このような言葉が生まれたのは、日本の社会に根強く「出る杭は打たれる」という体質があるからでしょう。最近では「KY」という言葉もありますが、とにかく場の空気を読んで、発言も態度もできるだけ場を乱さず周囲の雰囲気に合わせるのがよい、とされます。
何事も出しゃばらず、謙虚に、自分をアピールするよりも周囲に気を遣い、まずは相手を立てる。これは日本が長い歴史の中で培ってきた美徳の一つでもあります。だから、場の空気を乱し、出しゃばる人は嫌われます。
しかし、昔のソニーもホンダも、むしろ積極的に場の空気を乱すような生意気な人、出る杭を好んで求めていたというわけです。それは何故かといえば、世の中のイノベーションというのは大抵そのような人達から生まれるからです。
私は、ソニーを辞めた翌年の2007年に、縁あってグーグルに入りましたが、グーグルも、かつてのソニーやホンダと同じように、起業した当初から会社そのものが出る杭であり続けながら急成長した会社です。2004年にグーグルがナスダックに上場した時に、創業者の二人が「株主への手紙」というものをしたためました。その冒頭には、「グーグルは従来の会社ではない。そうなろうとも思わない」とあります。先日、持ち株会社の「アルファベット」を新設するという新体制を発表しましたが、その勢いはますます留まるところを知りません。インターネットを制したグーグルは、人工知能、自動運転、ロボット、長寿、スマートホーム、次世代通信、宇宙開発、エネルギーなどあらゆる分野に積極投資を続けており、今や人類のR&Dセンター的役割を担う存在になったと言っても過言ではありません。
ところで、真の出る杭とは、打たれても打たれてもへこたれず、自分の信じる道を貫いて必ず結果を出すような馬力の持ち主をいうのだと思います。自身が強烈な出る杭でもあったスティーブ・ジョブズは、持ち込まれる提案をまずは全否定し、それでも食らいついてくる人の話だけを聞いた、といわれています。ソニーのもう一人の創業者である井深大さんも、「上司に見せて、理解されなかったらケンカしてでもやるんだっていう気持ちがないと、本物にはならないね」という言葉を残しています。
出る杭には年齢も関係ありません。蓄電池を量産するベンチャー、エリーパワーの創業者で、現在も現役の代表取締役社長を務めておられる吉田博一氏は、2006年の同社創業時69歳で今年78歳。このリーダーズ倶楽部のキーメンバーでもあります。同氏の凄さは、何といってもその年齢で装置産業のベンチャーを始めた使命感と胆力でしょう。総額315億円を調達して、川崎市に自動化が進んだ最新鋭の電池工場を創り上げました。ご出身はバンカー。三井住友銀行で副頭取まで務め上げ、悠々自適のリタイア生活を保証された身でもありました。電池の専門家でもないのに、慶應大学の電気自動車開発のプロジェクトに関わったことが、きっかけで将来的な蓄電池の重要性やその安全性に目覚め行動を起こされました。
電池といえば、「起業家があこがれる起業家」といわれるイーロン・マスクも、典型的な出る杭です。1971年南アフリカ生まれ。17歳で母国を離れ、カナダを経てアメリカに移住しました。ペンシルバニア大学で物理学と経済学を学びながら、「人類の未来に最も貢献できる事業は何か」を考え続けたそうです。結論は、「インターネット、持続可能なエネルギー、宇宙開発」。ここまでなら、若者の夢や妄想の範疇かもしれませんが、彼が非凡なのは、この3つの領域すべてにわたって行動を起こし、ペイパル、スペースX、テスラモーターズ、ソーラーシティなどの事業を起こしながら結果を出し続けてきたところです。
テクノロジーの進化は指数関数的に加速しています。これからの10年では、これまでの10年とは比較にならないほどのさらなる変化を覚悟しておく必要があるでしょう。人工知能が進化して、人類の叡智を遥かに超えてしまうような「シンギュラリティ(技術的特異点)」の到来も予測されています。今後の数十年は、分野を問わず、これまで人類が長い時間をかけて積み上げてきたあらゆる概念、秩序、常識、産業モデル、社会システム、交通システムなどが大きな変化点を迎える時期となるでしょう。宇宙開発も進み、人類が地球外にどんどん出て行くようなこれからの新時代、老若男女を問わず多くの出る杭達が集い、日本から世界に大きな影響を与えるような知の交流やオピニオン形成の場として、このリーダーズ倶楽部が発展していくことを祈念しております。
アレックス株式会社
代表取締役社長兼CEO
辻野 晃一郎(つじの・こういちろう)氏
福岡県生まれ。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了、ソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ等のカンパニープレジデントを歴任した後、06年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、日本法人代表取締役社長を務める。10年4月にグーグルを退社、アレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長兼CEOを務める。他に、早稲田大学商学学術院客員教授、IT総合戦略本部規制制度改革分科会委員を務める。週刊文春で「出る杭は伸ばせ!辻野 晃一郎のビジネス進化論」を連載中。最新刊は「リーダーになる勇気」。