賢者の選択 リーダーズ倶楽部事務局
受付時間 平日9:30~18:00
メンバーズスピーチでは、株式会社矢野経済研究所 代表取締役社長の水越孝氏にご登壇いただき、「市場調査業界の競争環境と成長戦略」と題し、産業調査のスペシャリスト集団としての“総合”の強みと専門性が持つ負の側面やAI時代を切り拓く今後の成長戦略についてお話しいただきました。
また、スペシャル講演では、脳科学者の茂木健一郎氏にご登壇いただき、日本の置かれている現状に対する危機意識や、人工知能研究から認知科学やメディア論まで多岐にわたりお話しいただきました。
講演内容
弊社は、1958年創業者である矢野雅雄が「調査能力をもって日本の産業に参画する」という理念のもと、矢野経済研究所を立ち上げ、今年で創立60周年を迎えております。
我々の強みは、マクロ経済アプローチではなく、個別のマーケットベースで事業活動を捉え、その集積として市場、産業を語っていく“ビジネスの現場からの積み上げ”的手法にあります。
事業セグメントとしては3つ、自主企画調査資料、受託契約によるリサーチ・コンサルティング、その他定期刊行物やデータバンク・セミナー等がございます。
我々は自社を“総合調査機関”と表現します“総合”とは、調査対象領域の総合化であり、調査方法の総合化であり、情報提供の総合化を指します。各産業多分野全域にわたり、専門のリサーチャーを配置し、インターネット調査、グループインタビュー、世論調査など“総合”的に調査を行っています。
中でも得意とするのは、事業担当者・部長・課長・事業部長・役員・トップなどのインタビューを通じてマーケット情報を“統合”し、市場を理解していくことであり、これをすべての産業分野で展開していることが我々のコア・コンピタンス(*1)です。しかし、その強みは同時に弱みでもあります。
すべての産業分野をカバーする、つまり、調査対象領域における“総合”を維持するにはコストとリスクが伴います。ある業界が不況に陥っても他の業界が好況であれば全社の売上は維持できます。総合であることの強みです。しかし、すべての業界が不況に陥ると当社の強みは弱みに反転します。専門性(個別最適型の部門運営)が高くなればなるほど組織は硬直的になり、成長部門への柔軟な経営資源の移動を妨げます。
弊社ではリーマンショック後にこうしたリスクが顕在化しました。しかし、特定の成長分野への「選択と集中」路線はとりませんでした。当社は産業領域の総合化を維持する一方、調査手法における「選択と集中」(*2)にフォーカスしました。強みを更に強化する方向に舵を切ったということです。同時に多様性、独立性を生かしながら、意思決定の最終責任を経営が持つような仕組みに移行し、事業構造化を進めました。
最近の我々の懸念はAIです。AIは膨大なデータがあってはじめて高い精度で機能します。よって公的統計情報や上場企業の開示情報の分析、学習、解析はAIに置き換えられるかもしれません。しかし、AIにも弱みがあります。例えば、一つの市場を理解するために弊社では平均すると20~30社程度の主要企業に対してインタビュー調査を行います。わずか20~30件ほどの定性情報(*3)ではAIは実力を発揮できません。我々の付加価値は“ビジネスの意思決定の現場の空気感”を情報として統合することです。靴を擦り減らし、取材に行き、人に会うということです。それは60年前の原点「調査能力を持って日本の産業に参画する」と同じであり、当社の存在理由そのものです。我々はこの価値を信じます。今後は日本のみならず、さらにアジアへ視野を広げ、活路を見いだしていきたいと考えています。
(*1)コア・コンピタンスとは、企業の競争力を支える他社にはまねのできない技術やノウハウのこと。マーケティング戦略において、いかにして他者との差別化を図っていくかのよりどころとなる要素。
(*2)自前で構築したインターネットリサーチシステムを専業企業に営業譲渡。現在はOEMとして活用することで“調査手法”における総合を維持している。
(*3)定性情報とは、データ分析に用いられるデータのうち、数値化による把握が難しく、心理的・感覚的な判断を要するデータのことである。
◆水越孝氏 プロフィール
慶応義塾大学文学部卒。1989年、矢野経済研究所入社。流通・消費財分野の事業部長、営業本部長等を経て、2005年、代表取締役社長に就任、2007年、矢野経済信息諮詢(上海)董事長、2013年、一般社団法人中野区産業振興推進機構理事、現在に至る。大手企業のマーケティング戦略や新規事業の立ち上げに参画するとともにベンチャーや中小企業のコンサルティング、M&A支援の実績も豊富。
著書に「統計思考入門」(プレジデント社、2014)、芝浦工業大学非常勤講師、拓殖大学客員教授を歴任、論文・講演実績多、テレビの情報番組のコメンテーターも務める。
現在、日本は保守的な傾向が強くなっていますが、これは普遍的な反応で、認知科学のモータリティサリエンスでは、人間が何らかの理由で死を意識したり不安になると保守化する現象にあると言われています。人間の脳は非線形の現象は基本的に予想できないのです。
今後、日本が国際競争力を身につけるには、行動力と時代を読み取る力が必要であり、それは大学入試の勉強ではありません。今、世界で行われているイノベーションに適合した人材を生み出していく道以外にありません。
2004年、人工知能を使って人類の政策決定や意思決定の全体最適を計算するCoherent Extrapolated VolitionがユドコフスキーというAI研究者によって提唱されました。今や人工知能研究は権威のある大学で行う時代ではありません。研究者の中には、人間の役割は問題を解決することではなく、作ることであると言うぐらいです。つまりシステムが強靱になってきたということです。
イノベーションの文法も明らかに変わりました。ネット上にPDFで仕様書が上がり、それをみんなで作るためにインターナショナルなコラボレーションができる時代です。例えば、イーサリアムを考案したブテリン君(当時19歳)は大学に行かずティール・フェローシップ(*4)というプログラムに参加し研究を行いました。
人工知能時代にはパーソナリティが一番重要になるという説があり、私自身も現在、研究をしています。パーソナリティとは、その人が24時間の中で何を優先順位として何にリソースを振り向けるかというその人なりの重み付けみたいなもので、評価関数的に一つの最適解がないところが興味深く、ゲーム理論的なところもあります。
日本人が自己肯定感を取り戻すには、ベスト・プラクティス(*5)を世界中から見つけてきてやってみることです。ベスト・プラクティスは理論ではありません。教育において、脳科学的に正しい教育とは何かを証明されたものはなく、長年の経験則がベスト・プラクティスなのです。人工知能的な考え方でいうと、その数を増やし、パターン学習して自分のものにしていくことしかないのです。
(*4) ティール・フェローシップとは、PayPalの創業者ピーター・ティール氏が、23歳未満の大学中退者を対象に、年間20~25人が選出され、2年間で10万ドルの支援を行い、科学研究や起業、社会運動の支援を行うプログラムである。
(*5) ベスト・プラクティスとは、適切なプロセスを確立し、チェックと検証を行えば、問題の発生や予期しない複雑さを低減させて、望ましい結果が得られるという考えから、ある結果を得るのに最も効率のよい技法、手法、プロセス、活動などのことを指す。また、仕事を行うために最も効率のよい技法、手法などがあるという考え方をいう。
◆茂木健一郎氏 プロフィール
1962年東京生まれ。脳科学者。
東京大学理学部、法学部を卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程を修了、理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。
「クオリア(意識のなかで立ち上がる、数量化できない微妙な質感)」をキーワードとして、脳と心の関係を研究するとともに、文藝評論、美術評論などにも取り組んでいる。
2005年、『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞を受賞。
2009年、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。
2006年1月~2010年3月、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』キャスター。
現在も、様々なフィールドで活動している。