賢者の選択 リーダーズ倶楽部事務局
受付時間 平日9:30~18:00
第一部スペシャル講演は、元ゴールドマン・サックス トレーダー/「お金のむこうに人がいる」の著者 田内学 様にご講演頂きました。お金とはいったい何だろうか?日本の個人の金融資産は増え続けていて2000兆円に迫っているが、日本が豊かになっている実感はありません。それどころか、誰もが年金不足に怯えて、投資でさらにお金を増やそうとしています。近年、仮想通貨やNFTなど新たなお金も生まれている一方で、政府の借金は膨らみ続けいます。「お金とは何か」「経済とは何か」を考え直し、新しい資本主義の目指す方向性をお話し頂きました。
第二部スペシャル講演は、EnergyShift 発行人兼統括編集長 前田 雄大 様にお越し頂きました。コーポレートガバナンス・コードが改定され、TCFD等に基づく気候関連情報の開示を企業に求めることが初めて明記されました。脱炭素時代に、気候関連情報の開示は、ESG投資を呼び込む観点からも企業として必須の事項となりますが、この動きが地方にも、未上場企業にも波及しています。TCFDが何を求め、それに対し企業、サプライチェーンや金融機関は何をすればいいのか解説いただきました。
講演内容
私は、ゴールドマン・サックスで16年間、トレーダーとして国債や金利、為替などを扱う中で、日本の財政や経済について千思万考するようになりました。“お金とは何なのだろうか”“経済とは何なのだろうか”お金や経済について考える時、そこには2つの視点で捉えることができます。一つは、自分の時間軸で捉える考え方です。自らの労働により、対価として給料を得ることで、必要なものや欲しいものなどを購入し、物やサービスを得ることができます。一方、別の視点に立つと、その物やサービスを得るには、それらを提供してくれる環境がなければなりません。つまり、その物やサービスを受けるには、それらに関わる多くの人々の労働によって成り立つという空間軸で捉える考え方です。
通貨の歴史は税の歴史でもあり、その歴史を紐解いていくと、かつては紙幣の代わりに米や綿や布や銅銭が使われていました。しかし、1873年の地租改正令によって金納(紙幣)以外は認めないと定められ、それ以降、金銀と紙幣を交換することで紙幣が世の中に流通するようになりました。とはいえ、発行された紙幣自体に何かしらの価値があるわけではありません。言うなれば、紙幣の価値の裏付けとなるものは、「誰かに働いてもらう」ためのチケットであると皆が信じているからです。例えば、政府が発行する紙幣を公務員の労働の対価として渡し、公務員が発注した仕事の対価として民間が紙幣を受け取ることで紙幣に価値が生まれます。あるいは、民間同士で仕事の対価として紙幣を受け取ることもあります。そのようにして、政府は国民のために公務員に働いてもらい、その公務員のために民間が働き、また民間が民間のために働き、政府が皆から税金を集めるという基本的な社会構造を、通貨を通して空間軸で捉えることができると思います。
そこで、日本の財政問題をみてみると、与党である自民党内でも、緊縮財政派と積極財政派の2つに分かれていて議論が交わされています。しかし、その2つの対立する議論においても、最も重要な点が見過ごされています。それは働く人の存在です。政府国の借金と言われるそのお金がどこに流れ、誰に働いてもらうのかという点です。例えば、政府国が借金をしてマンションを購入する道路を建設するとします。そのマンション道路を建設する労働力や資材等などの生産コスト調達を国外ではなく、自国民・自国内で賄う限り、政府は借金している形にはなりますが、そのお金はその国の民間が保有しているわけです。このように考えると、ギリシャやアルゼンチンで起きた経済破綻は、自国通貨の問題以上に、その国が持つ生産力が不足していたために、借金したお金が国外に流出したことが原因とも言えるわけです。要するに、その国に生産力があれば、借金しても経済は破綻しないということです。
今現在、将来を予測することが難しい時代と言われ、新しい時代の新しい資本主義を実現すべく、世界的な社会変革の過渡期でもあります。戦後より維持継続してきた社会システムが制度疲労を起こし、ボーダーレスな時代に、私たちはどのように向き合っていくべきかを考えなければなりません。DX化による生産性の向上がもたらす恩恵は、賃金に反映されるだけではなく、ウェルビーイングの向上に使うべきであるという考え方があります。これからは、多様な価値観の創造に繋がるような、人生の豊かさの拡充に使われることが大切であろうと思います。そのためにも労働力の流動性はもちろん、少子化対策としての子育て支援や自己実現できる環境の整備など、生産力の向上に努めなければなりません。お金とはあくまで手段であり、目的ではありません。経済とは、お金そのものの価値ではなく、人々が働き、物やサービスが生まれ、その物やサービスによる効用が人々を幸せにすることで成り立っているのです。
◆田内 学氏 プロフィール
1978年生まれ。東京大学入学後、プログラミングにはまり、国際大学対抗プログラミングコンテストアジア大会入賞。 同大学院情報理工学系研究科修士課程修了。 2003年ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。以後16年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日銀による金利指標改革にも携わる。 2019年ゴールドマン・サックスを退職した後は、高校の社会科の教科書の執筆や漫画「ドラゴン桜2」の監修協力などを行う。2021年9月書籍「お金のむこうに人がいる」をダイヤモンド社より出版。
2020年10月、日本政府は「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表しましたが、そもそもの出発点である気候変動問題から世界の実行的な枠組みができるまで、23年間も議論が続いてきました。当時、私は外務省にいて、気候変動部門を担当し、G20大阪サミットにおける文言の調整取りまとめに非常に苦労したのですが、世界各国が、こと脱炭素に関してはグローバリズムというような相互依存関係から自国第一主義になっていく様を肌で感じてきました。今や脱炭素とは、地球環境の話にとどまらず、経済や社会変革の話になってきています。
当然、日本にとっても死活的なテーマです。しかし、日本の現状は世界に比して立ち遅れていると指摘せざるを得ません。もちろん、経済活動と脱炭素は二律背反の要素がありますが、TCFD「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」によって、企業が気候変動に対する取り組みを経営戦略に織り込むことで投融資を行う機関投資家や金融機関が評価する指標として重要視される時代にあります。
米国も、一旦離脱したパリ協定に復帰し、バイデン政権の脱炭素推進が明確となり、G7が「Green Revolution」と定義づけるなど、カーボンニュートラルの取り組みは世界の趨勢であり、今後ますますスケールしていくことでしょう。脱炭素化の特色は、資本主義によって不可逆的にスケールしていき、脱炭素化に対するイノベーションの創出や自らの事業モデルの脱炭素化に取り組んだ企業ほど投資を呼び込み、評価されていきます。その進展は想定よりも早く、経営戦略の前提そのものが更新されることを想定しなければならないほど変革の時代に突入しています。短期的で現状維持的なビジネス戦略では持続しないと思われます。
あえて脱炭素戦略ができていない企業が対外的にどう見られるようになるかを具体的に挙げるとするなら、それは将来のコスト算出・リスクが特定できていないことであり、国際ルールの形成に無頓着であり、ゆえに企業価値の向上が期待できず、地球規模の課題に対する貢献度が低いとみなされるといった諸点に集約されるかと思います。そして、結果として企業価値を毀損する重大な要因となりうるということです。また、脱炭素におけるもう一つの側面として、国家間の覇権争いが起きていることが挙げられます。国家規模の中心的プロジェクトとして政策誘導ファクターとなり、世界的な競争下における反撃材料の有無がその国の経済社会の未来を左右すると言っても過言ではありません。企業単位の競争レベルを超え、国として勝ちにいくという姿勢を見せるためにも、日本でも世界に勝てるツールを生み出す必要性がありますが、まだまだ日本では、脱炭素は環境問題であるというような認識が大勢を占め、日本人の遠慮がちな性質も影響し、政府と民間が互いに見合ったり、なかなかリスクを取らなかったりすることも本質の理解度に影響しているようにも見えます。
そこで、2021年6月にコーポレートガバナンス・コードの改訂が行われました。コーポレートガバナンス・コードとは、「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」であり、時代の要請として、気候変動リスクや脱炭素をビジネスに求めていることがその背景にあります。それぞれの会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上、投資家ひいては経済全体の発展に寄与するものとして捉えることができます。この気候変動リスク(物理的リスク・賠償責任リスク・移行リスク)などが金融システムの安定を損なう脅威になりうると言われ、コーポレートガバナンス・コードの取り組みは喫緊の課題となっています。
TCFD提言の要素は4つあり、気候関連リスクや気候関連機会に関する「ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標」の項目に分類されます。その4つの要素を取り込んだビジネスモデルの情報開示を指すわけですが、その進め方としては、シナリオ分析を行い、情報開示を行うことによってマルチステークホルダーとの対話を通じ、実施体制の構築、気候変動と経営戦略の統合を行います。そしてまたシナリオ分析を行い、情報開示をし、そこで得たフィードバックを踏まえ、さらに再構築を行います。このようなサイクルを継続的に繰り返すことによって、企業価値の向上に努めるという流れになります。当然、このようなTCFD提言を取り込んだビジネスモデルの情報開示による企業価値の向上は、国内外からの投融資にも影響し、さらにはその企業のみならず、サプライチェーンに対してもドミノ現象のように波及していくことが予想されます。
昨今のウクライナ情勢を見ても分かるように、脱炭素はエネルギー問題であり、安全保障の問題でもあります。成熟社会の転換としても、国家戦略は非常に重要な基点になり、同時に、各企業が自分たちで考え、潮流を読み、カーボンニュートラルに向けた戦略を練り、リスクを取ってリターンを取りにいかなければ、脱炭素社会への道を切り拓くことはできません。私たちは、国としての強靭性が問われており、企業としても外部依存性をどこまで排除できるのかということ、すなわち自活力が問われ、このグローバリズムの終焉とともに、現実主義への回帰が間近に迫りくる時代において、脱炭素化という世界の潮流に積極的にコミットしていかなければなりません。
◆前田 雄大氏 プロフィール
1984年生まれ。2007年、東京大学経済学部経営学科を卒業後、外務省入省。開発協力、原子力、大臣官房業務などを経て、2017年から気候変動を担当。G20大阪サミットの成功に貢献。パリ協定に基づく成長戦略をはじめとする各種国家戦略の調整も担当。2020年より現職。自身が編集長を務める脱炭素メディア「EnergyShift」、YouTubeチャンネル「エナシフTV」で情報を発信している。
オンラインをはじめ脱炭素記事を他媒体にも多数執筆している他、脱炭素に関する講演・企業コンサルも多数実施。
著書に「60分でわかる! カーボンニュートラル 超入門」(技術評論社)