賢者の選択 リーダーズ倶楽部事務局
受付時間 平日9:30~18:00
「地域経済と女性活躍を牽引する実践家」伊藤聡子氏と「安全保障の現場を熟知する戦略家」小原凡司氏という、異なる分野の第一線で活躍するお二人にご登壇いただきました。それぞれが「グローバルな視座」と「地域に根ざした視点」から、現代社会の課題に光を当て、私たちに深い示唆を与えてくださいました。
第一部では、事業創造大学院大学 客員教授/キャスターの伊藤聡子氏がご登壇。
「サステナビリティと地域の可能性」と題し、少子高齢化や人手不足といった構造課題に対し、人的資本とDXの連携による持続可能な社会の構築についてお話しいただきました。
特に、地域資源と共に成長する企業の実例紹介からは、地域との共創が未来の鍵であることを示唆。質疑応答では、地方でリモートワークを実践する企業の具体的な課題に対し、実際の取材経験に基づいたリアルな回答をいただき、参加者の関心も高まりました。
限られた時間ながら、広い視野と実践的知見を交えた充実のご講演でした。
第2部では、公益財団法人 笹川平和財団 上席フェロー/一般社団法人 DEEP DIVE 創設者兼代表理事/日本サイバーセキュリティ・イノベーション委員会 客員上席研究員 小原 凡司 氏がご登壇。2024年米大統領選後、中国の軍事行動に見られる顕著な変化をふまえ、米中関係の緊張とその背景を鋭く解説いただきました。
中国が米国の戦略を理解したうえで「見せる力」を強調しているとの視点は、今後の国際交渉を読み解く重要な鍵として印象的でした。
また、同盟国に「対中共闘」を求める米国の動きや、各国の軍事行動の意図を丁寧にひもとき、変化する国際情勢を立体的に捉える洞察に満ちたご講演でした。
米中の綱引きが安全保障や経済秩序に与える影響について、改めて深く考える機会となりました。
講演内容
トークテーマ:サステナビリティと地域の可能性
昨今の政治情勢や気候変動による環境問題、さらにはトランプ大統領の相互関税などの経済問題、あるいはコロナウィルス等感染症問題と、地球に生きる私たち人間にとってあらゆる不安定かつ不確実な要因が将来不安を引き起こしつつあります。いかに持続可能な社会・経済を構築していくのか?そのためには「地域」がカギになってきます。特に日本においては、人口減少、特に働き手である生産人口の減少が深刻化しております。その要因は大きく2つ、東京一極集中と、女性の仕事か子育てかという二者択一の働き方ではないかと思います。ただ、コロナ禍においてDX化が加速したおかげで、業務の効率化や人的資本の最大化による生産性の向上など、新たな価値を創造し、それらによる経済波及効果を示すデータも見られるようになりました。
テレワークが可能になれば、東京と地方の境界はなくなります。例えば地方の温泉旅館が、宿泊施設の半分を温泉付きサテライトオフィスとして企業誘致を図ると、すぐに都市部のIT企業数社が入居。地元企業とIT企業が互いに会議をしながらDX化の推進や新たなビジネスが生まれるなどの化学反応が起きたりしています。
また、日本の農作物は世界的に見てもとても高レベルだと言われていますが、一次産業は高齢化と担い手不足が深刻化しています。しかし、異業種からの参入によって新たな価値を見出す動きも増えつつあります。例えば、アパレルメーカーに在籍して海外に赴任していた若者が耕作放棄地を借り、無農薬・自然栽培で米をつくり、海外に輸出したり、居酒屋を展開していた会社が漁業に参入し、コロナ禍を経てペットフード事業に転換し、成長している例など、地域で一次産業に新たな風が吹いてしています。
世界中の戦争や紛争によって資源・エネルギー価格高騰やサプライチェーンの分断によって下請けの工場の閉鎖などの影響が地域経済や地域社会に暗い影を落とすこともあります。そこで下請けの中小企業同士が横の連携を深め、IoTによって隙間ない稼働状態を構築し、それぞれの得意分野を活かすことによって高付加価値のある製品を生み出す努力をしている業界もあります。そうすることで設備投資が分散され、そのぶん人材育成に注力でき、高付加価値化で従業員の給与や就労満足度が上がることで地域に根づいていくという好循環が生まれるわけです。
もう一つ、女性の働き方に関しても、いまだ日本は先進国の中でジェンダーギャップ指数の順位がとても低い状況にあります。労働力不足のなかでダイバーシティ&インクルージョンの推進はとても重要ですが、大事なのは価値観を変えることです。たとえ産休制度や育休制度を完備して仕事に復帰したとしても周りの理解がなければ、仕事と子育ての両立は難しく、結局離脱せざるを得なくなります。また、地方ほど目に見えないバイアスが根強く、女性が働きにくい環境にあり、地方から都市部への女性の転出超過によって地域の持続可能性が脅かされているのが現状です。
女性の存在は企業の成長にも不可欠です。コロナウィス対策で感染者数を抑え、早期に経済回復した国々のトップはみんな女性で、女性ならではの感性を生かした政策で乗り越えたことは注目すべきことです。また、女性の管理職比率の高い会社ほど従業員のエンゲージメントが高いというデータも出ています。このように、女性の活躍の場が広がることは、ひいては企業や地域のサステナビリティにとても重要な役割を果たしているのです。
また、脱炭素や生物多様性など、環境への取り組みも欠かせなくなっていますが、再生可能エネルギー、カーボンクレジット、サーキュラーエコノミーなど、地域には活かせる資源がたくさんあります。持続可能な未来を創るために、地域とともに成長する道を是非考えていただきたいと思います。
Q&A
Q: 急速なDX市場規模拡大予測において、DX導入を検討している企業にとっては、人材不足が懸念され、価格高騰によって導入を躊躇する企業が出てくると思われるが、そこに対する対策は?
A:政府はDX化に対する様々な補助金政策を打っているので、まず活用した上で。投資余力のない中小企業は一社で対応するよりも横の連携・分業が鍵を握るのではないか。またDXやAIが進めば、1人が複数企業を掛け持ちできるような時代になっていくだろう。
Q:地方創生に関して、移住や二拠点生活に際して医療の問題がネックになるのではないか?
A:ある地方では、「車で動く診察室」、モバイルクリニックや。ネットで買い物したものをドローンで山間地まで運んでくれるシステムが導入されている。高齢者の医療・買い物対策は移住者にも利用され、注目されているので、地方自治体と連携しつつ、DX化を図っていくことは非常に重要だと思う。
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◆伊藤 聡子 氏 プロフィール
新潟県生まれ大学在学中よりキャスターとして活動を開始。NYフォーダム大学への留学経験から、日本においても、東京との格差や地域課題の解決にはビジネスの視点が不可欠と捉え、事業創造大学院大学にてMBAを取得。2010年には同大学の客員教授に就任。地方創生、エネルギー、温暖化対策などについて、国の委員会の議論にも参加している。
トークテーマ:米中対立の行方-中国の視点-
トランプ大統領の政策の背景には米国の福音派の岩盤支持があり、福音派の思想を知ることはトランプ大統領の政策を分析するうえで非常に重要な鍵を握ると言っても過言ではありません。福音派は聖書の無謬性に根ざす考えを持っており、ユダヤ民族は神と契約した人たちであり、その神と約束された地・イスラエルに戻って初めて契約が成就するのだという思想に基づくもので、よってイスラエルを支持することは当然であると考えられています。ですから、おそらく彼らにとって米国によるイラン空爆やイスラエルによるガザ攻撃などは当然だと捉えています。ただし、MAGA派の人たちは必ずしもこれらの軍事行動を支持しているわけではありません。米国本土外で行われる戦争に巻き込まれてはならないと考える人たちにとっては、米国自らが軍事行動を起こすことは、米国を長年疲弊させたイラク戦争の二の舞いを踏むと警鐘を鳴らしています。
トランプ大統領は、米国が神に祝福された国、すなわち、大西洋と太平洋に挟まれて強大な国と国境を接しておらず、広大な領土から必要なものを全て賄える国だという考え方を持つ米国人の支持も得ています。しかし実際には、レアアースを中国に頼らざるを得ないなど矛盾もあり、また、中国が米国の地位を脅かそうとしています。そこで、トランプ大統領は、非常に高い関税率をかけるなどし、中国とのディールに備えて中国を牽制し、その力や反応を図ろうとしていると言えます。
その中国はトランプ大統領の相互関税政策(中国に145%の関税)に対し、習近平主席は125%の関税をかけるとともに、この関税戦争に勝者はないと批判しました。また、中国外交部では“中国は戦いを望まないが恐れてもいない”として、米国がやる気なら対抗するという姿勢を表明しました。中国は、中国こそが国際正義を守り、中国こそが世界秩序を形成するのだと主張していますが、実際には米国とのディールで秩序が形成されると考えています。中国がトランプ政権とのディールに備えていることは、その軍事力の見せ方の変化で理解できます。昨年12月、台湾海峡近くの第一列島線に90隻の艦船を展開し、軍事的威圧をかけたと言われ、同時期に台湾海峡を中心とした7つのエリアを空域保留区に指定するという発表が行われました。また、これまで軍事演習では不要な緊張を避けるために事前通告するのが通例であったが、中国はその通告を行わずに軍事演習を行ない、中国国防部は、いつ演習をするかしないか、いつ行うかは自らが決定すると、批判を一蹴しました。このような振る舞いはこれまでとは違った新たな段階を示唆するものです。
では、なぜ中国が経済的にも軍事的にも国力を見せつけているのか?それは中国も、トランプ大統領が仕掛ける米中間のディールという大国間ゲームの準備をしているからだと言えると思います。関税戦争のみならず、中国は海洋大国になるための行動もとっています。中国は、自らの海洋進出が世界秩序の再編成につながると主張しています。中国が提案した太平洋二分割論もその一つの現われです。また、安全保障上重要な位置づけとしてレアアース問題があります。米国のレアアースの7割が中国から輸入されています。中国とのディールが核心的部分に至っていない現在、米国は、ウクライナに対して軍事支援の見返りにレアアースの権益を要求したり、豊富な地下資源を持つグリーンランドを編入する意欲を見せたりと、中国とのディールにおいて不利に働く要素を小さくしようとしているのです。
実は日本にも最東端の南鳥島周辺の海底に、レアメタルを含むマンガンノジュールやレアアース泥などの鉱物資源が豊富に存在することが分かっています。これらの資源を巡って、日中の間に摩擦が起きるのではないかと懸念しています。実際、中国は南鳥島周辺のEEZの外側に鉱区を持っており、今年の8月から採掘試験を始めると言われています。また、中国の主張では、日本が排他的経済水域を主張できるのは北海道、本州、四国、九州、沖縄とその周辺の島々だけだと言っており、かねてより沖ノ鳥島は島ではないと主張しています。さらには、南鳥島は日本と離れすぎているため、経済的排他水域を主張できないと言い始めるかもしれないのです。
このような軍事力・経済力など全ての政治的手段を用いた大国間ゲームの狭間で日本はどうすべきなのでしょうか?日本は自ら経済的にも軍事的にも「血を流す」覚悟を示さなければいけません。なぜなら、日本が具体的な行動をとらなければ、他国が、日本は自らの主権や領土、権益を侵されても何もしないと認識するからです。また、日本はまず自ら防衛行動をとらなければ、日米相互防衛条約は発動されません。さらに、米国にはヴァンデンバーグ決議という、自助努力をしない国は助けないというものがあります。中国が軍事力を背景に、日本に対し経済的権益を主張してくるのであれば、日本は自衛隊の演習などを行なうことで、自国の領土を自ら守る意志を示すことが大事なのだと思います。その日本の覚悟を示すことが米国の安全保障協力を得ることにも繋がるわけです。
Q&A
Q:緊張感が高まっているなかで、最初にサイバー上で動きが活発化していくという話をよく聞くが、そういった情報があれば教えてほしい。
A:実際の軍事行動の前にグレーゾーンにおける様々な活動が行われている。一つはサイバー攻撃で、通信の途絶や金融・医療関連インフラやライフライン等を混乱させ、社会を不安定化させることが目的。同時に、物理的空間でも海底ケーブルの切断や物資搬送経路の監視など行われる。さらにはニセ情報(ディスインフォメーション)キャンペーンによる不安や不満の増幅も。これらの活動の中でも、特にサイバー攻撃は実際の軍事行動の直前に急増すると理解されている。サイバー攻撃だけでなく、相手の行動の通常時のパターン(パターンオブライフ)を知り、これから外れる特異な変化を見逃さないようにすべき。
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◆小原 凡司 氏 プロフィール
1985年 防衛大学校卒業、海上自衛隊入隊(回転翼操縦士)。1998年 筑波大学大学院(地域研究研究科)修了(修士)。
2009年第21航空隊司令、2003年~2006年 駐中国日本国大使館防衛駐在官(海軍武官)、2006年 防衛省海上幕僚監部情報班長。2016年9月 東京財団政策研究調整ディレクター、2017年6月笹川平和財団上席研究員を経て、2023年4月から現職。2020年5月から慶應義塾大学SFC研究所上席所員、2022年8月から海上保安庁政策アドバイザー、2024年5月から日本サイバーセキュリティ・イノベーション委員会客員上席研究員兼務。2024年9月、東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠准教授と共同で一般社団法人DEEP DIVEを設立、代表理事に就任。
研究分野は、中国の安全保障戦略/政策、米中関係、日米同盟、日本の安全保障戦略/政策。
著書に『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社、2014年11月)、『軍事大国中国の正体』(徳間書店、2016年1月)等、共著に『曲がり角に立つ中国』(NTT出版、2017年7月)、『アフター・シャープパワー-米中新冷戦の幕開け』(東洋経済新報社、2019年12月)、『よくわかる現代中国政治』(ミネルヴァ書房、2020年4月)、『台湾有事のシナリオ 日本の安全保障を検証する』(ミネルヴァ書房、2022年1月)、『ウクライナ戦争と激変する国際秩序』(並木書房、2022年11月)等