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メンバーズコラム

グーグルの人工知能開発 ~人工知能が人類の知能を超越する~
アレックス株式会社 辻野 晃一郎氏

三月、百万ドルを賭けた人間対人工知能の囲碁対局で、人工知能「AlphaGo」が韓国人プロ棋士イ・セドル九段に対し四勝一敗で勝ち越し、囲碁界のみならず各方面に大きな衝撃が走りました。この対局の前にも、昨年十月、AlphaGoは欧州チャンピオンで中国出身のファン・フイ氏と対戦し、五戦全勝しました。フイ氏は中国で二段の腕前なのに対し、セドル九段は文句なしの世界トップクラス棋士です。「魔王」とも呼ばれ、定石に囚われない独創的かつ攻撃的な棋風で知られています。そのセドル氏が、「無力な姿を見せて申し訳ない」と肩を落としました。

AlphaGoを開発したのは、英国の人工知能ベンチャーDeepMindです。DeepMindは二〇一四年にグーグルに買収されましたが、フェイスブックとの間で買収合戦となり、買収金額は五億ドル以上といわれます。天才創業者デミス・ハサビス氏の獲得が目的とされましたが、グーグルの期待通り、DeepMindは、機械学習と脳神経科学を応用した画期的な汎用学習アルゴリズム「DQN」を発表して世間を驚かせました。YouTubeなどを検索すると、ブロック崩しゲームの元祖である「ブレイクアウト」をDQNにプレイさせている様子を撮影した動画が出てきますが、最初はまったくの初心者レベルだった状態から、数時間で自己学習しながらみるみる上達していく様子がわかります。あげくには、DQNの設計者も知らなかったゲーム攻略法を自ら編み出してしまいます。また、「スペースインベーダー」をプレイさせている動画もあります。初めはすぐにやられてしまうのですが、回数を重ねるうちに、どんどんコツを掴んで最終的には無駄な弾撃ちをすることなくハイスコアをたたき出すようになります。

IBMのディープブルーがチェスのチャンピオンに勝ったのは一九九七年のことでした。将棋でも既にコンピュータがプロと互角以上の実力を持つに至っています。しかしこれらは、可能性のある局面をすべて計算して最適な一手を探すという高度な力(ちから)わざのプログラムです。盤面が広く打ち手の選択肢がはるかに膨大な囲碁は情報ゲームの最高峰といわれ、このような手法では当面攻略は不可能です。なのでAlphaGoは、人間と同じように、対局を重ねるたびに自己学習しながら強くなっていく人工知能として作られました。上記DQNを囲碁というゲームに適用したのです。囲碁でコンピュータが人間に勝てるようになるのはまだ十年は先といわれていましたから、今回の勝利は、人工知能研究を軽く十年は前倒しした快挙ともいえます。

ハサビス氏は一九七六年生まれのいわゆる「七六世代」にあたります。IT起業家を多く輩出した世代とされます。四歳でチェスを始め、幼くして「史上最優秀なチェスプレイヤー」と評されるほど頭角を現しました。二年飛び級でケンブリッジ大学を卒業後、ゲーム会社を設立して一定の成功を収めています。その後、人工知能の研究を開始。二〇〇五年にロンドン大学の博士課程へ進学して「人工知能の研究には人間の脳の研究が必須」と考え、脳神経科学の研究を始めました。脳神経科学の分野でもすぐに才能を開花させ、高い評価を受けています。ハサビス氏とDeepMindは、買収された後も引き続きロンドンにいます。現在二百二十名程の人員を抱え、その四分の三が基礎研究、残りをグーグルのサービスとの連携のために配置しているそうです。ハサビス氏は「同社の人工知能技術はYouTubeのリコメンド機能、Android端末のボイスサーチ機能などに活用できる」と語っており、今後数年のうちにグーグルの検索エンジンを始めとする多様なサービスに取り込まれていくことになりそうです。グーグルは最近、十四台のロボットアームそれぞれが自己学習で同時並行的に課題を習得していく様子を記録した衝撃的な映像も公開しています。熟練の技など、人間が何年もかけて習得する動作も、ロボットの自己学習で短期間に習得が可能であることを示しています。

一方で、先日、マイクロソフトがTayという人工知能をTwitterに登場させましたが、悪いことを教え込む人達が続出してさまざまな差別発言や暴言を吐くようになり、登場後間もなく休眠になるという出来事もありました。DeepMindに出資もしていたテスラやスペースXの創業者イーロン・マスク氏は「人工知能は悪魔を呼び出すようなもの」と述べており、スティーヴン・ホーキング博士も「人工知能の進化は人類の終焉を意味する」と発言して、加熱する人工知能開発の行方に警鐘を鳴らしています。人工知能が人類の知能を凌駕するといわれる「二〇四五年問題」や「シンギュラリティ」の未来は、いよいよファンタジーの世界だけの話ではなくなり現実味を増してきているように思います。

プロフィール

アレックス株式会社 代表取締役社長兼CEO 辻野 晃一郎氏

アレックス株式会社
代表取締役社長兼CEO
辻野 晃一郎(つじの・こういちろう)氏

福岡県生まれ。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了、ソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ等のカンパニープレジデントを歴任した後、06年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、日本法人代表取締役社長を務める。10年4月にグーグルを退社、アレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長兼CEOを務める。他に、早稲田大学商学学術院客員教授、IT総合戦略本部規制制度改革分科会委員を務める。週刊文春で「出る杭は伸ばせ!辻野 晃一郎のビジネス進化論」を連載中。最新刊は「リーダーになる勇気」。