賢者の選択 リーダーズ倶楽部事務局
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7月22日に日本でも配信がスタートした「ポケモンGO」は、またたく間に、新たな社会現象ともいえる熱狂的なブームを世界中に巻き起こしました。任天堂の株価は一時高騰し、新たな集客手段としての可能性など、ポケモンGOがもたらす経済効果への期待も高まって「ポケモノミクス」という言葉も使われました。その他、うつ病など精神疾患への効果云々の話や、過度な没入による事故・事件の話など、巷は盛り沢山な話題で溢れ返りまさにお祭り騒ぎとなりました。サービス開始直後には、ツイッターやフェイスブックのタイムラインもポケモンGO関連の投稿で埋め尽くされ、それらを見ていると、普段、スマホのゲームとは無縁の年配者も目立ちました。
このポケモンGOの開発を行った米ナイアンティックは、2010年にグーグルの社内ベンチャーとしてスタートし、2015年に独立したベンチャー企業です。スマホのGPS機能とグーグルマップをベースに、「この世界には世界制覇を競う二つの勢力がある」という設定で、地図上の仮想の拠点を実際に訪ねながら、緑組と青組に分かれて奪い合う陣取りゲーム「イングレス」を開発しました。ポケモンGOの前身ともいえるもので、リリース後3年間に世界中で1400万以上ダウンロードされ、現在もユーザー数を増やし続けています。先日は東京お台場で1万人以上のプレイヤーを集めた盛大なイベントも開催されました。
そのナイアンティックを率いるのがジョン・ハンケ氏です。同氏はもともとキーホールというベンチャー企業で、衛星写真を使った地球儀のアプリを開発していましたが、2004年にグーグルに買収され、それがグーグルアースとして製品化されました。グーグルでは、地図製品全般を統括する副社長としてグーグルマップやストリートビューなどの開発・普及に尽力しました。ちなみに、グーグルの地図製品には日本チームが大きな貢献をしています。ナイアンティックにも、川島優志氏、河合敬一氏、村井説人氏等の逸材が転出して活躍しています。
ハンケ氏は、テキサス州の人口千人程度、ほとんどが農家か牧場経営者という小さな村の出身です。「いつか外に出て世界を見たい」という強い思いを持ちながら育ちました。数学の先生の影響でプログラミングに目覚め、アタリ・コンピューターの四ビットや八ビットマシンでゲームなどを自作していたようです。テキサス大学卒業後、米国政府の仕事を経てカリフォルニア大学バークレイ校でMBAを取得、その後、起業家として活動を始めています。
グーグルアースやグーグルマップ、ストリートビューなどでは、コンピュータの前に座ったまま世界中どこにでも行けるバーチャル体験を実現するアプリケーションを手掛けてきましたが、ナイアンティックでは、逆にスマホを片手に自ら外に出掛けてリアルな世界を体感するアプリケーションにこだわりました。”Adventures on foot(自分の足で冒険しよう)”が理念です。自分の子供が家にこもってゲームにばかり興じている姿を見て、「もっと外に連れ出したい」と思ったことがきっかけになったといいます。
イングレスに加え、ポケモンGOの登場で、人類は拡張現実(AR)が作り出す世界に新たな一歩を踏み出したといえます。家から出ることがなかった人達が、外に出て歩き、移動し、会話し、実際の世界を見る、ということはそれだけでも素晴らしいことです。イングレスでは、足や腰を悪くして出不精になっていた老人が孫と一緒に使うようになって再び外に出掛けるようになり、健康を取り戻した、等の事例も報告されています。
今後、ポケモンGOの活用事例も増え、類似するアプリケーションや関連するアプリケーションが乱立していくことでしょう。増加を続けるインバウンド旅行者を日本各地に連れ出したり、地元の人達とのコミュニケーションを促進したりする使い方も増えて行くものと思われます。
歩きスマホやながらスマホで事故の加害者になったり被害者にならないよう、安全確保には十分に注意する必要がありますが、ナイアンティックがポケモンやユーザーと共に切り開く未来に期待したいものです。
アレックス株式会社
代表取締役社長兼CEO
辻野 晃一郎(つじの・こういちろう)氏
福岡県生まれ。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了、ソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ等のカンパニープレジデントを歴任した後、06年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、日本法人代表取締役社長を務める。10年4月にグーグルを退社、アレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長兼CEOを務める。他に、早稲田大学商学学術院客員教授、IT総合戦略本部規制制度改革分科会委員を務める。週刊文春で「出る杭は伸ばせ!辻野 晃一郎のビジネス進化論」を連載中。最新刊は「リーダーになる勇気」。