メンバーズコラム

2015年12月 牧野 義司 氏

赤城山・中山間 地域おこしで 『ちょっといい話』

2015年12月 牧野 義司 氏

蕎麦屋がソバのプロ生産者に

「農業はチャレンジ次第で、間違いなく成長産業になるぞ」「農業現場でも経営発想の転換によってビジネスチャンスを生み出せるのか」。

リーダーズ倶楽部のプロ経営者はじめ、いろいろな方々に、そう思っていただくため、私の友人で農業生産法人の株式会社赤城深山ファームを経営する高井眞佐実社長の興味深い話をご紹介しよう。人口減少など課題山積の中山間地域でソバ栽培を通じて地域おこしにチャレンジした高井さんの取り組みは間違いなく元気をもらえる「ちょっといい話」だ。

高井さんは、農業の取材でお会いしたのがきっかけだ。実にユニークな生き方で、長年、東京都内で蕎麦屋さんだったのが、40歳から新規就農の形で「蕎麦屋が本当にほしいと思うソバを、自分自身でつくってみたい」と、ソバ栽培に取り組んだ。

川の流れにたとえると、川下の蕎麦屋から流れに逆行して川上に駆け上がってのソバ専作だ。現在65歳の高井さんの取組みは、あとで述べる「あること」をきっかけにビジネスチャンスを広げ、2015年には毎日新聞社主催の全国農業コンクールでプロ農業者としての全国評価を得るに至ったのだ。

当初、高井さんは親戚の縁を頼って群馬県赤城山近くの農地を借地し3ヘクタールのソバ栽培からスタートした。25年前当時、地元渋川市の農業委員会はよそ者の農業チャレンジには冷ややかで、気苦労が多かった。しかし、あるツテで赤城山の中山間地域の耕作放棄地を含めた農地を活用できることがわかり、移住してから、自助努力に対して周囲の評価も変わり、運が向いてきた。

現在は、当初から見れば50倍以上の面積160ヘクタールに及ぶ畑で広範囲にソバ栽培するほど、高井さんは、力をつけている。その生産拠点である赤城山中腹の畑は、200メートルから800メートルまでの標高差の地域にある。中山間地域の中でも標高が高い点ではハンディキャップのある土地だ。

発想の転換でハンディ克服

さて、高井さんの取組んだ「あること」とは何だろうか。中山間地域、それも標高差のある山の中腹斜面を活用したソバ栽培に意外な強みを持てる部分があることに気がついた。

「標高差をうまく生かした栽培をすれば、やりようによってはコストダウンを図れる。標高の高い畑から作付けして順番に少しずつ下に降りていき、高低差と時間差を活用した作業を行えば、平地生産のような同時集中して一気に作業する必要もなく、生産性も上がるのでないか」と。要は発想の転換が重要だと感じたのだ。

現に、高井さんが赤城山中山間地域の気象を調べると、100メートルで気温が0.6度も異なることがわかり、高地部分から500メートルも下がると3度の温度差がある。このため、ソバの種まきに1か月の時間差を設けることが可能で、大きなチャンスだと考えたのだ。

高井さんは「北海道の広大な平地でソバ生産現場を見学した際、収穫期に同じ気温の下で同時集中的に大量に人員投入していた。それに比べ中山間地域の標高差や温度差を使ったソバ生産ならば、人員は必要最小限で済み、トラクターなどの機械も有効活用できコストダウンが図れる。強み部分だと自信を持った」と述べている。

誰もが中山間地域の、赤城山中腹の斜面という生産環境だと、機械を効率的に動かせることが出来ないばかりか、気温差も災いして温度管理が大変、かつ人員の作業配分にも苦労するなどハンディキャップが多くて苦労が多いだろうな、と勝手に思い込んでしまう。

ところが高井さんは、モノづくりの3現主義、つまり「現場、現物、現実」を見極めて、その現場に合ったソバ生産手法を導入して、見事、コストダウンを図り、同時に、それによって利益も出せる経営を実現したのだ。

中山間地域の農業者を刺激

高井さんは、秋ソバ90ヘクタールに加えて、夏ソバ70ヘクタールでの生産に挑戦した。夏ソバは、夏場の除草が大変で、収量にも制約があるため、敬遠する農家が多いそうだが、高井さんは夏場にこそ、ざるソバ需要があり新鮮な活きのいいソバを出したいという。

そればかりでない。ソバ栽培にあたって、高井さんは土づくりにこだわり鶏糞やソバ殻を使って有機質の土壌を実現した。そして消費者ニーズの強い安全志向に応えるため、無農薬栽培によって高品質のソバをめざした。しかもソバを製粉加工して、蕎麦屋向けに販売する、いわゆる1次産業から2次、3次までの、いわゆる6次産業化にも取り組んでいる。味の改良工夫にこだわったことで、今では市場評価を得て、「赤城深山そば」ブランドで、販売先の18都府県にほぼ全量を売り切る企業経営ぶりだ。

私が、素晴らしいと思ったのは、「ソバ生産は儲かるビジネスモデルだ、と農業者に刺激を与えれば、地域を元気に出来る」と発想したことだ。赤城山の中山間地域では、農業者の高齢化が進み、耕作放棄せざるを得ない農地が増えてきたが、高井さんは地域農業に将来展望を作り出す必要があると、今も頑張っている。日本も捨てたものでない。

プロフィール

牧野 義司氏

メディアオフィス時代刺激人 代表
経済ジャーナリスト(毎日新聞・ロイター通信OB)
牧野 義司(まきの・よしじ)氏

1968年早稲田大学大学院経済研究科卒業、毎日新聞社入社。経済記者を経て88年毎日新聞を退社。ロイター通信日本法人に転職。2001年ロイター通信日本語サービス編集長、03年フリーランスの経済ジャーナリスト。06年メディアオフィス時代刺激人を立ち上げ代表就任。現在は日本政策金融公庫とアジア開発銀行研究所のメディアコンサルティングにも従事。


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