メンバーズコラム

2015年12月 辻野 晃一郎 氏

マツダ復活の熱きドラマ

2015年12月 辻野 晃一郎 氏

恩師の著作本

昨年10月、『ロマンとソロバン―マツダの技術と経営、その快走の秘密』という本がプレジデント社から刊行されました。著者の宮本喜一氏はソニー出身の67歳。私がソニー勤務時代の若い頃に大変お世話になった恩人の一人です。宮本氏は、ソニー時代は主に広報やマーケティングを担当。物事の本質を鋭く見抜く眼力は、当時から抜きん出ていました。技術者ではありませんが技術をこよなく愛し、モノへのこだわりが強い人で、技術者達からも一目置かれ、時には畏れられる存在でもありました。94年にマイクロソフトに転じ、その後、98年に独立してジャーナリスト・著述家としてご活躍ですが、その宮本氏がマツダをテーマとした著作としては二冊目となる同著を書き下ろし、近年のマツダ躍進の本質に鋭く迫っています。

ロマンはソロバンと表裏一体

この本が出た翌月、11月5日に自動車メーカー各社の中間決算が発表されましたが、目立ったのがマツダの好調でした。上半期の売上高は、対前年度比17%増の1兆7005億円、営業利益は同21%増の1259億円となり、いずれも過去最高を更新しました。同時期に東京ビッグサイトで開催された「東京モーターショー2015」では、2012年に生産を中止したロータリーエンジンを搭載し、「私たちの描いた将来の夢を形にした」というコンセプトスポーツカー「RX-VISION」を展示。最も注目を集めた車の一台となりました。周知の通り、ロータリーエンジンはマツダ独自の技術によるものです。回転が滑らかでコンパクトなど、さまざまな利点が評価されて熱烈なファンを持つ反面、燃費の悪さなどの問題で生産中止になっていましたが、復活の兆しです。

同著で、宮本氏は次のように書いています。「マツダはこの10年間、世界一のクルマをつくるという大きなロマンを追いかけてきた。それは年間の生産台数が130万台前後という小さな自動車メーカーが追いかけるには大きすぎるロマンかもしれない。しかし、そのロマンを現実のものとするために、彼らはスカイアクティブ技術という従来にない斬新な発想で自動車の核心的な部分をマツダの流儀で生まれ変わらせた」「どんなに立派なロマンも、それが現実に広く受け入れられ、そして同時にそこから利益を生み出すための冷徹なソロバンもハジいていなければ、ロマンはロマンのままに終わってしまう。マツダはとくに戦後、何度もロマンを描いてきた。(中略)その過程で、ロマンと同じほどの数の艱難辛苦も経験したことによって、ロマンはソロバンと表裏一体になってこそ、ロマンになると認識したのではないか」 これまで、マツダは何度か経営危機に見舞われていますが、90年代にも一度経営危機に陥り、もともと資本提携下にあった米フォードの完全傘下に入った時期もあります。その後、一旦立ち直りましたが、リーマンショックや東日本大震災の影響で、2008年以降、4年連続で最終赤字となりました。しかし、逆境を変革のきっかけとし、社運を賭けて、「スカイアクティブ」と名付けた安全性能と燃費・環境性能を両立させる独自の技術革新に挑戦し、成功させたのです。「RX-VISION」に採用したエンジンの名も「SKYACTIV-R」。ロータリーエンジンの進化系です。フォードとの資本提携は、昨年9月末に完全に解消しました。

少し前、池井戸潤氏原作のテレビドラマ『下町ロケット』がヒットしましたが、世界最高性能の技術にこだわり、モノ作りに賭けた中小企業の熱きドラマは多くの人の心を掴みました。マツダの取り組みは、まさに日本の製造業全体を奮い立たせる「熱きドラマ」でもあります。

地方企業の世界への挑戦

マツダ復活は「商品力強化」と「ブランドイメージ刷新」の結果です。エコカーがブームになる中、苦しい資金繰りを背景に、開発投資のかさむハイブリッドやEVの後追いは一切せず、従来の内燃機関、すなわちエンジンそのものを極限まで進化させることに集中しました。また、「魂動(こどう)」というコンセプトを打ち出して車のデザインを統一。車種は違っても一目でマツダ車とわかるデザインにこだわりました。「鎚起(ついき)銅器」という伝統工芸で有名な新潟県燕市の玉川堂とデザインコラボしたアート作品をイタリアで発表するなど、話題作りにも余念がありません。

エコカーに加えて、IoT化の進展、人工知能による自動走行の実用化、シェアリングエコノミーの拡大や高齢化による自家用車離れなど、自動車産業にはかつてない激変が予想されています。世界シェアわずか2%のマツダのような広島を地場とする地方企業が、独自のスタイルで荒波を乗り越え、世界に勝負を仕掛けて行く姿は、日本のあらゆる製造業にとって、大きな励みになるものだと思います。

プロフィール

辻野 晃一郎氏

アレックス株式会社
代表取締役社長兼CEO
辻野 晃一郎(つじの・こういちろう)氏

福岡県生まれ。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了、ソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ等のカンパニープレジデントを歴任した後、06年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、日本法人代表取締役社長を務める。10年4月にグーグルを退社、アレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長兼CEOを務める。他に、早稲田大学商学学術院客員教授、IT総合戦略本部規制制度改革分科会委員を務める。週刊文春で「出る杭は伸ばせ!辻野 晃一郎のビジネス進化論」を連載中。最新刊は「リーダーになる勇気」。


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